陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2025-03-21

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集合的無意識

これは、ユングが残した概念。
これは、アカシックレコードとも関わることであり、これ自体が、造物主の意識そのものであり、造物主の記憶庫でもあるのではないだろうか。

潜在意識


これは、量子力学で言われる量子もつれが関わり、この素粒子の科学が進むにつれてはっきりしてくる可能性がある。
これは、更に霊界とも深く関わることであり、この科学を無視した進化論も何もあったものではないだろう。

孫悟空を扱う映画で見た記憶が強くよみがえってくる。
孫悟空が宇宙の果てを目指すとして到達した場所には壁があり、その証明として落書きをして来たが、その壁は、根本仏の指だったというシーン。
要するに、宇宙の果てと思われる所であっても根本仏の手中であり、造物主の意識の中でしかない。
宇宙人たちが数多く地球にきているが、彼らは何万光年も離れた宇宙から地球に来るためには霊界を通るという。
その意識差、悟りの程度の違いによって、必要となる時間も違うという。

この集合的無意識という世界、この霊界には、おそらく、造物主の全てが在る。
この宇宙とは、造物主の意識の中であり、全ての智慧の情報があるのではないだろうか。

たとえば、私たち人間が受精卵という一つの細胞から分裂して成人として成長する過程に必要なモノ全てが、その小さな一個の受精卵に詰まっているのではなく、おそらく、造物主の意識の中から折々に必要なものをダウンロードして行われている。

同時に、素粒子が観測される前には波動として在るのが、観測されることで粒子となるという現象は、おそらく、造物主と直接つながっている存在からの情報が伝わり、送信と受信が相互に行われているための仕組みではないだろうか。

結局、私たちの存在とは、造物主の細胞の一つ一つであるのかもしれない。あたかも、私たちの体の一部として繋がっている細胞組織、神経組織として情報が伝わりサポートもされている。
これらのことを踏まえて、この宇宙そのものが、フラクタルとして、自己相似性を含んでいると感じている根拠である。



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