陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2024-04-11

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人の都合は蛇行する

人を動かす要因は何かというと、右脳的なモノと左脳的なもの。
好き嫌いと損か得かだろう。両方とも始末に悪いところが有る。
それぞれに蛇行しやすいのだ。
偏ってしまう。


最近よく考えるのが、少子化対策。
子供を産み育てることを考えると、子育ての大変さと子育ての喜びがある。子育ては、基本大変なことは当たり前であり、お金だけでなく時間的にも精神的にも大きな負担がかかる。同時に喜びもあり、節目節目で幸福感を味わうことも有り、その中で揺れ動く。

子育ての損得勘定は、損だという判断になっているのだろう。
昔は、公的年金制度も無く、健康面でも死ぬまで面倒見てくれる制度も無かった。しかし、今、国に頼り任せておけばよいような社会になってしまった。昔は、沢山子育てをして子供たちが成長して老後の面倒も見てくれていた。農家などでは大きな労働力として期待もされていた。
しかし、大きな政府は、老後も健康面でも国が面倒を見てくれる。労働環境も二次産業以降が活発になり、農業機械も多くなり人の手が段々いらなくなってきた。
その為に子供を産み育てなくても安穏とした生活が送れる。子育て支援で国からお金を貰えるとしても、そこに掛ける時間とか労力の負担は大きく、特に女性の負担は重く、仕事を中断する必要もある。

結婚するための様々な費用負担は重くのしかかってくる。性的な欲求解消には風俗産業などもあって、その方が簡単で処理が速い。
当然、お金の流れは、そちらに向かい家庭を築こうとするインセンティブは働きにくいだろう。

どうしても、損得で見ると結婚して子供を育てるということは、自由にな時間もお金も奪われることで二の足を踏むようになる。

結論的に言えば、公的年金制度を廃止して、過ぎた社会保障制度を止めれば、少子化に歯止めがきくことになる。政府に大きな金を集め、国が面倒を見すぎるような社会は、その過程で無駄が生まれ多くの資金が消えて行くだろう。それよりも個々人がシビアに損得を考えたなら、元気のいいときに沢山子供を育て夫婦協力して老後に投資をすれば良いだけだ。それを今、政府や官僚や国の制度に投資している。
個人年金も健康保険も企業レベルで運営可能なモノであり、その方が効率も良いだろう。もちろん、セーフティーネットとしての社会福祉制度は必要だろうが、やり過ぎはムダだけでなく、人々に良い影響を与えないだろう。
国民が政府に頼り過ぎ、目先の損得に目を奪われてきたために、大きな政府を育て、大きな税金を造り上げ、結果として悪循環を生み出すことで今の現状が生まれてきたのだろう。

次のいつもの図で見ても、「思い」の中に自己中で利己的なモノが混じり過ぎているということ。それ以前の「世界」観に間違ったものが入ってしまったために道徳が薄れ、本来の悟性感性に在る「喜び」とか「幸福」の価値観に狂いが生じている。その結果が、現代社会に出ている。

一番大切な、目に見えないものをないがしろにしてきた結果である。
私の「フラクタルの森 玄明 陰陽学」幻冬舎刊の中に書いている通りになっている。

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