陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2024-04-12

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思い(心)と波動(エネルギー)

言霊の力が最近よく浮かび上がってくる。
菌ちゃん農業、青森の奇跡のリンゴ、弁当箱などでの実験結果など、言葉には力が有るということが言われる。


次の図でも言えることだ。
仕事
思うだけでも「思い」は仕事をするけれど、それを言葉に出して、そして、実際に行動に移すと、その行動は具体的に周りに力を加え状況を変化させる。
単に思うだけでなく、繰り返し口に出すということは、その思い自体強いのだろう。要するに思いと言っても、何となく思って居るのと切実な思いとではエネルギーに差がある。そして、その思いも一念三千と言われるように三千世界に通じる。質やレベルにおいて違いがある。

ただ、注意しておかなければいけないのが、「思い」の前に世界を、その環境をどのような世界と見ているかで「思い」の質と強さに違いが生まれるということ。思いを統御できるか、心を統御できるか、どんな思いも実現可能であるなら、悪を思えばその世界に近づくことも、天国に近づくことも可能である。

静岡県知事の人など、そのやってきたこと、言葉に出してきたことなどで考えると、何を思って居るかも、世界をどのように見ているのかも想像できる。植物や微生物たちへの心からの感謝で奇跡のリンゴが出来、肥料や農薬を使わなくても立派な農業が出来ることなど、おそらく理解できないだろう。
県全体、国全体が素晴らしい農園となることは、比喩として、このような人が県のトップになっていて達成できることではない。

お為ごかしや詭弁で生きている人、要するに右脳的なことを無視し、左脳的な能力だけで生きている人が増えているせいでこのような人がトップに出てしまう。国家レベルでもそうだろう。
要するに、世界中で起きている事。

深く考えるなら、思う事、行動に影響を与えるのは思想であり宗教。世界観を今一度検証して、私たちが住んでいる世界の真実、真理を知らなければ、思いをコントロールすらできない。
お為ごかしや詭弁で操られる世界でメディアに踊らされ権力者に言い包められて、全体主義の如く一つの方向に引っ張られていく。

天国に導かれるか、地獄に導かれるか、偶然に起きることではない。
そう考えると、いつもの言葉が思い出されてしまう。
「地獄への道は、善意で舗装されている」



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